好日山荘 ガイドコラム

好日山荘契約ガイドによる山のコラム

北アルプス槍ヶ岳


多くの登山者が憧れる北アルプス槍ヶ岳は東西南北の鎌尾根が突き上げる尖峰です。
写真は5月の連休に北鎌尾根とほぼ並行して伸びる硫黄尾根に行った折、西鎌尾根から見た槍ヶ岳です。

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西鎌尾根は槍ヶ岳に直接突き上げているのではなく、肩にある槍ヶ岳山荘付近で大喰岳へ向かう尾根と分かれています。
東鎌尾根は燕岳ー大天井岳ー西岳をつなぐ表銀座コースの最後に出てきます。この尾根コースも最後の尖峰の根元でトラバース気味に槍ヶ岳山荘のある肩に合流します。
南の穂高へ向かう尾根は地図を見て分かるように槍ヶ岳山荘の前を通り、テント場を通って南に向かいます。
北鎌尾根は直接、槍の尖峰に出るルートで、古くは1936年(昭和11年)1月、加藤文太郎が数年来のパートナーであった吉田富久と共に猛吹雪で遭難したのが有名です。最近では無積雪期であれば、稜線から下り北鎌尾根の核心部分は一日で抜けてしまうのが一般的になってきています。

槍ヶ岳山荘は海抜3080mにある大規模な山小屋で1926年(大正15年)8月に、穂苅三寿雄氏によって建てられました。現在の経営は穂苅貞雄氏がされており、穂刈氏は2006年雪崩で倒壊してしまった岳沢ヒュッテを再建、経営もされています。

さて、槍の尖峰はどういう自然の力で出来上がったのでしょうか。
今、一般的に解説されているのは氷河によって削られた結果できた「氷食尖峰」であるということのようです。槍・穂高連峰は氷河によって削られたカールなどの氷河地形が多く残されています。
槍ヶ岳だけが、ヨーロッパにある「マッターホルン」のような形になり、穂高がそうならなかったのか、不思議です。といいますか、槍ヶ岳が四方から削られた特殊性が不思議です。

槍ヶ岳の槍を作ったのは今から6万年目と2万年前に発達した山岳氷河といわれています。
槍の穂先は肩の小屋から頂上までの高度差100mの三角推なのですが、南の大喰岳方面から見ると東側(右手)に首を傾げているのがわかります。

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信州大学の原山教授の学説を紹介します。
著作でも紹介されていますが、北アルプス槍・穂高一帯は175万年前の巨大カルデラがあった場所になります。
槍ヶ岳一帯は火山の噴出物である火山灰が厚く堆積して固まった「石質凝灰岩」からできています。
火山灰が固結冷却する時には、収縮するので縦クラックができます。
できた当時は縦に垂直であったのですが、140万年前~80万年前に起きた隆起によって、20度ほど回転しました。
東側に傾いた為、東側は逆層になり、剥離崩壊が繰り返されて急斜面を形作っています。
穂先への登山ルートはこの右斜めの節理面に沿ってできています。
原山教授の解説はおよそ、このようなことでした。

巨大カルデラがあったのが175万年前なので、2万年前の氷河期はついこの間のことのように感じてしまいます。

登山研修所友の会には役立つ情報がたくさんあります。

加藤ガイドのHPには、自然、花、地質、鉱物などを載せています。