好日山荘 ガイドコラム

好日山荘契約ガイドによる山のコラム

南アルプス赤石山脈 塩見岳の赤色チャート

8/21は北岳の岩石について関して書きました。

今回は塩見岳登山で出会う様々な岩石に関して紹介します。自家用車での終点にある第一駐車場に車を置いて50分程林道を歩いたところから、山道となります。歩きながら観察できる岩石の話です。

観察できるのは、林道途中の「夕立神展望台付近の海洋(緑色)玄武岩」、登山口付近の石灰岩、水場がある「仏像構造線」に当たる粘板岩、塩見小屋から頂上に至る登山道沿いのチャート、赤色チャート、緑色玄武岩などです。

塩見岳に登る登山道を歩くとはるか昔、人類のかけらもない恐竜の時代を辿ることができるのです。100名山のピークだけにしか興味が今はない方も、よろしければ、どうぞ。


2億年前に南太平洋の海の底で生まれた玄武岩、その上の海山に成長したサンゴからできた石灰岩とその上に降り積もった微生物の遺骸であるチャートが日本付近にまでプレートに乗って移動してきたのです。そこから大陸プレートに衝突してまくれ上がって、日本列島は隆起し続けているのです。

豊口山の屏風岩は稜線近くあり、遠くからはっきり分かります。林道横、左手の断崖は「石灰岩」からできており、登山口にある大きなテーブル上の岩も石灰岩です。

石灰岩登山口.JPG

塩見小屋付近にある灰白色のチャートを過ぎると、層状に積み重なった赤色チャートを見ることができます。

赤色チャート.JPG

その先には、特徴的な岩峰が登山道横に飛び出ています。

塩見岳西峰手前にある「天狗岩」

1542_20100822_20.JPG

 

ところで、三伏峠は日本一高い位置にあるといわれています。
街道として存在した時代があったのでしょうか。少し、調べてみました。


南アルプスNETに以下の記述がありました。

「明治の初め、この峠を通って山梨県と長野県を結ぶ伊奈街道が開かれ、完成は1886(明治19)年秋、山梨県側の中富町切石から、長野県飯田市をつなぐ全長約80キロメートル。山梨県側からは早川の新倉から山に入り、転付(でんつく)峠を越えて大井川の二軒小屋へ、大井川西俣に沿って三伏峠に登り、長野・大河原に下った。山間部の道幅は約60センチ。山梨県側だけで延べ15万人が工事に携わったという。しかし中央線の開通で使われなくなり荒廃した。現在は一部が登山道として使われている。」 

将来はこの南アルプスの地下を貫く「リニア新幹線」が話題になる今日この頃ですが、たった100年程前に、海抜2600mになるほどの三伏峠を通るこの「伊奈街道」をつけなければいけない理由があったのに驚かされました。
当時の人口や生活水準を想像するのは難しいのですが、駿河(静岡)の海産物を伊奈谷へ運ぶのが目的であったようです。

 

赤石山脈の由来:

赤石山脈の名前は露出したチャートが酸化鉄を含むため、赤くなっていることから来ています。チャートはケイ酸質の遺骸が積もっってできたものですが、大変硬い岩です。北岳バットレスも同じ質のチャートであると思いますが、造山運動の向きや傾きの加減であのような岩壁になったのだろうと思います。

塩見岳の由来:

帰りに鹿塩温泉に立ち寄ってきました。相当塩辛いお湯でした。この湯から「山塩」を作っていたそうです。
この鹿塩、鹿塩川塩川など塩と付く地名が多く、深田久弥日本百名山で、塩見岳の名の由来に触れています。塩見岳の由来はこの塩から来ているのでしょうか。

今回の山行きでは地質の観察に時間をかけてみました。
日本アルプスは、糸魚川-静岡構造線、中央構造線、仏像構造線などの断層があります。そして、今もプレートは動いており、中でも南アルプスは100年で40cm以上隆起していています。もっと、詳しく知りたい方へ。


このような地域に山腹をえぐる林道、地下を貫く鉄道がはたして100年の単位で維持できるのか、少し不安な気持にもなりました。

登山研修所友の会には役立つ情報がたくさんあります。

加藤ガイドのHPには、自然、花、地質、鉱物などを載せています。