好日山荘 ガイドコラム

好日山荘契約ガイドによる山のコラム

徳島 剣山の白い石はなに?

2011年6月26日、四国東部の最高峰、剣山(1955m:徳島県)へ出かけてきました。

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当日は台風の余波で視界不良でしたが、剣山とそれに連なる一連の山々は女性的でなだらかで、特に剣山山頂部は平たんです。平家の落ち武者が来たるべき日のためにここで馬の訓練をしていたと言う伝説もある広々とした笹原です。風を遮る背の高い樹木はありません。

「剣山登山リフト西島駅(上の駅)」から頂上までの登山道のそこかしこに転がっていた白い石。その混じりけの無い純白の石を見たとき、これは石灰岩だと気が付きました。石灰岩は南洋生まれのサンゴ礁が起源ですから、剣山の歴史をその辺りから探ってみたいと思います。

四国の山に行くたびに感じるのは、林道がとても険しいこと、吉野川大歩危小歩危などの急流があることです。地質も脆く崩れやすく険しい谷が刻まれているのが、四国山脈です。そんな過酷な環境の中にあって、最高峰・剣山がなぜこのようになだらかで穏やかな山頂のまま残されているのは、どうしてでしょうか?

山の成り立ちを語るうえで避けて通れないのがプレートテクトニクスです。ヒマラヤ山脈は今なお隆起していると報告されています。日本列島はそのプレートがせめぎ合うまさに表舞台なのです。研究者によればそのスピードは約4cmとも約6cmとも言われています。数百年や千年の単位では大地震を、数百万年の単位では地形そのものを変えてしまうというから驚きです。有史では大陸の位置関係が変わったわけではないので、プレートテクトニクスが教科書に載ったのが最近のことです。私が高校生だった1970年後半では当然出ていませんでした。というか、それ以外も覚えていませんが。

この海洋プレートは、太平洋の中央部、マントルがわき上がる背骨のような海嶺から送り出され続ける火山性の硬い岩盤です。それは海嶺で誕生しマントル対流に乗って移動し、大陸プレートの下に潜り込みます。海洋プレートの方が大陸プレートより重たいので潜り込むのです。

つまり、日本近海まで旅をしてきたプレートは、約一億年の間に溜まった様々なモノをその上に乗せています。生まれた頃にできた玄武岩質の溶岩、それらの上に珪藻などの降り積もらせ、浅くなってくるとサンゴ礁が積み重なっていきます。その堆積物の厚さは600mとも言われます。

日本列島の東側にある海溝部で海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込むとき、それらの堆積物は掻き落とされて海洋プレートから大陸プレート側にこすりつけられます。このこすりつけられたものを 「付加体」と呼ばれています。登山をすると、この付加体を観察できるのです。

ここ剣山で見ることができるのはこの付加帯の一部です。硬い岩体のチャート、有名なのは南アルプス北岳バットレスです。白い石灰岩、昔、学校で日本は資源が少ないがセメントの原料である石灰岩は豊富だと教えられました。有名なセメント会社が生まれた地域は石灰岩が取れるところです。石灰岩は、南アルプス3000mの稜線にも見ることができます。山に登ったサンゴ礁です。一億年後、今のハワイ辺りのサンゴの島々は山の上にいるかもしれません。もちろん、大陸や日本列島から流されて積もった砂岩や泥岩や礫も一緒にもみくちゃにされて混ざってきます。

実は剣山だけでなく西日本を走る巨大断層である中央構造線の南半分がこの付加体で形成されています。この中央構造線という断層面に接する岩石は、断層活動による強い摩擦と圧力によって壊れ、細かい岩石になったり、粘土質になったりするようです。このような一帯を破砕帯といいます。つまり、地すべりが生じやすい地形なのです。

剣山の頂上がなだらかな訳

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断層の両面が粘土質にも変化する破砕帯ですが、固い石灰岩やチャートは破砕作用を受けにくくなっています。山頂にまで到達した石灰岩を頂く剣山や四国カルストは、大量の雨水をすぐに吸ってしまう石灰岩のおかげで山頂部の浸食が最小限に食い止められる一方、周囲は雨による浸食や破砕帯の影響でどんどん低くなる中で、まるで削り残されたかのように平らな山頂となり、これを「隆起準平原」と呼んでいます。

登山研修所友の会には役立つ情報がたくさんあります。

加藤ガイドのHPでは、キノコ、鉱物、水滴、自然、花、地質、鉱物などを載せています。